ひとのこと真面目だなって言う人に限って絵にかいたような遊び方してて真面目だなぁと思う ヤンキーとか真面目すぎて伝統芸能の域に入ってる
湾岸戦争への投書の爆発的増大、という現象から、人はなぜ「発言したい欲望」を持つのかを考察している。
まず提起されるのは「普通の人々が、なぜ彼らの日常に直接かかわってこない、日常的危機として存在していないようなマクロな現象=湾岸戦争について、これほどまでにかかわりたがるのか」という問題だ。
まず、ただ情緒的に「いやだいやだ」ということにより何かを成し遂げた気になる情緒主義、ナルシシズムがひとつの原因であることが導き出される。呉智英や小林よしのりや、また多くの人間が指摘していることだが、自己目的化した「運動」は、それがどんなものであれ醜悪である。それは大きな原因の一つだ、という。
その背景にあるのは「遠方の不幸」「地球大の不安」、そういったマクロな状況に関心を寄せることは、まぎれもなく「良いこと」「知っておくべき教養」である、という思想だ。ふつう、人はこの論理を出されると、それをなかなか否定できない。しかし浅羽はこれを掘り下げて考えてみている。そこで、一見論理的に見える「論説派」(すなわち「教養」派)の投書も、湾岸戦争の現況に具体的にアクセスして何かを変革しようという実体的有効性のある提言にではなく、ただの「私はこういう思想である」というマニフェストにしかなっていないことが暴かれる。そしてその源流は、いわゆる現代の「知識人」たちであることも。
考えてみればほとんどの言説は「私は左派で平和主義に立つ」「私は右派で現実主義に立つ」という信仰告白でしかなかったのだと。
そこでは思想=意見でさえも「ブランド」として「選ぶ」べきものとなる。ブランドとしての意見を発することでようやく自己確認されるような個性とは、論壇知識人たちの意見を唱和し新聞に「投書」することで安心を得るような個性に等しい。
そのような個の集合を構成しているのは、学生、主婦、老人。だから新聞の「投書」には、現代日本を支える会社員からの、会社員としての、実業の視点に立ったリアルな意見は極めてまれだ(たとえば、中東に支社を持つ企業の経営戦略として)。
だから彼らはいかにも優等生的な、しかし「現場」においては何の有効性も持たない意見を吹聴し、安堵していられる。
エゴイズムから、本当の意味で「等身大」から意見は発せられることはないのだろうか。だが、一般の大衆にそれを求めることはほとんど不可能である。そういう意見を持つ人でも、多くの場合――民主主義的に非道であるとされるような、つまり社会的に抑圧されるような――エゴイスティックな立場からはものを書かず、書いたとしても妙に取り澄ましたものになりがちなのである。とすれば、それは本来は「知識人」の責務なのではないか?とまれ、人々の多く、一部の例外を除いたほとんどすべては、湾岸戦争という「事件」に際し、何かをいう立場にはなかったのだ。
そしてそれは正常で正当なことである、と。
「無力だけど、戦争阻止のために何かをしなければ」ではいけない。意味がない。
「無力だから」「力をつけて」「その力で戦争阻止のために何かをしなければ」と、考えなければなにも始まらない。そういう新聞投書の背景にあるのは、「微温的生活をがっちりガードしたい」という欲求、そして「善く生きたい」という欲求のアンビヴァレントな分裂である。
付き合ってるのを隠しているユーザ2人を”dekiteru”とかいうListにつっこんで公開するとかいうテロ行為も考えられる。「なんだよあいつら付き合ってたのか……」「別れろ!」などと紛糾してはてブや増田や2chで散々荒れることだろう。
すべってもすべらなくても「すべらんなぁー」とタレント(=権威)に言わせて、大衆にすべてが面白い話なんだと思わせマインドコントロールするシステムを考え出した人は実にエライ。
近所で有名人みかけると気付かない振りをするだけにとどまらず情緒豊かな地元の小市民を演じようとしてしまう浅ましさをなんとかしたい
小松左京賞も無くなって、現在日本でSF関係で長編の新人賞募集してるのって、日本SF新人賞ぐらいしかないし、とは言え、SFと言えばハヤカワ、ハヤカワといえばSFという天下の早川書房も栗本センセが亡くなられて、来年からグイン出ないけど大丈夫? って感じだし、そもそも、日本でSF読んでる人口なんて、せいぜい(大森望のマイミク×3)人ぐらいしかいないと思われるので、新人なんか募集している体力ありませんわ、絶望ですわ。という話なんだけど、とりあえずライトノベルレーベルだったらSFっぽいのは出せる。勿論、SFっぽい作品を書く際に登場人物に、萌え萌えの美少女なんかを出さなきゃならないかもしれないけど、そういう制約さえ乗り越えれば、出せないことはないし、それに新人は(使い潰してもいいように)常に大量に募集してるっていう点で、ライトノベルは偉いんじゃないかしらん。という話ですよ。
さて、私は最近こんな経験をします。
新型インフルエンザワクチンが接種できる基礎疾患の基準にあてはまらない患者から、「先生、喘息のような咳が出るんだけど、新型インフルエンザワクチンを接種してもらえないですか?」と言われ、
「ちゃんと喘息と診断されていないと、喘息のような咳だけではダメなんです」と私が言うと、かなり不満そうです。
でも、「新型インフルエンザの感染リスクって、中高年は若者の10分の1以下ですよ。だから私なんか接種してもらえる権利があるけれど、接種していないんです」と言うと、患者のトーンはかなり下がります。
そして、「その代わり、季節性インフルエンザワクチンはちゃんと接種して下さいね。季節性インフルエンザは中高年にも感染して合併症もありますから」と言うと完全に納得し、目の色を変えて、「季節性インフルエンザワクチンを接種して下さい!」と言います。
しかも、今まで季節性インフルエンザワクチンを接種してほしいなどと一度も言わなかった人がです。
だから頼むから、エコを地球のためっていうの、やめてほしい。人類の生存のためであって、地球のために「いいこと」をする訳じゃないでしょ?人類が滅びた方が、「地球のため」だろうが
「twitterで呟いていれば、未来は良くなるんだ」いかにそんな青写真を見せるかが、ネットツール本の真骨頂。ネットツール本とビジネス本と現世利益の宗教本は同等の意味を持つ。
もてる人には2種類いる。A.まわりの人への目配りが上手な人。男女分け隔てなく人をよく見ていて相手に合わせたツボを押さえられる。ただし「世界中の女性みんなが好き!」とか言ったりする。B.なにをしても得たいの知れない愛嬌でゆるされる人。こっちは周りなんて見てない。
オタクが主人公の漫画とか見ると、単なる作者のキャパ不足しか見えないのよね。しかもオタク言っても美少女フィギュア買って美少女アニメに萌える程度のキャラばっかだし。それ、オタクか?
ホントはライターさんも下調べとかしたいのだろーけどそんなことする時間も費用もなくて、普通に生きるためにはwikipediaを丸々持ってくるようなことするしかないんだろーなー。だってそれが真実かどうかの裏付けなんて誰も求めてないんだから
